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2017年10月 8日 (日)

偏向報道に踊るだけか?真実を知ることを敢えてしない。

 
 

 韓国では、朝鮮半島におけるロシア帝国の南下政策の動きや清朝寄りの閔姫一族との対立があった開化派の
   金玉均
らの朝鮮半島のロシアかを阻止するために日韓併合策などがあったが、これら歴史的な流れの多くを棚上げにした政治的に偏向された歴史観に基づき
   日本の戦争責任
を追及し、日本大使館前をはじめとする40ヶ所以上に
   慰安婦少女像
を建てたのに続き、今年8月にはソウルの龍山駅前に、太平洋戦争中に日本の炭鉱などで
   強制労働
をさせられた犠牲者を追悼する
   強制徴用労働者像
を建てるなどの行動が見られる。
 なお、強制徴用労働者と呼んでいるが、多くは経済的な問題から朝鮮半島から失業状態の者が働き口を求めて日本に渡ってきたもので、蛸部屋的な劣悪な環境で働いていたのは日本人と同じ状況であった。

 今度は、韓国の保守系民間団体、「韓半島人権と統一のための弁護士の集まり(韓弁)」が、ソウルの中心部、明洞(ミョンドン)にある中国大使館前に「脱北家族像」を建てようとするキャンペーンを始めた。

 中国政府による脱北者の北朝鮮への強制送還をやめさせるために、このような銅像を建てる運動を進めている。

 

 韓国が中国元朝時代に朝鮮を支配したが、その後、明朝の攻勢で朝鮮半島から勢力を後退させる際、済州島に取り残されたともいわれるモンゴル系の流れをくむ住民が無さ別に朝鮮戦争時に韓国軍の攻撃を受け虐殺された事件(済州島事件)がある。

 

 ベトナム戦争時、韓国の朴正煕政権は分断国家としての共感を訴えて
   反共を国是
とし、経済発展への外貨稼ぎの思惑もありベトナムへの派兵を推進した。
 ベトナムには韓国軍が最大で5万人の兵士を派遣し、「ベトナム特需」を当てこんだ経営者や出稼ぎの民間人が2万人近くベトナムで活動した。

 ベトナムに派遣された韓国軍の多くがベトナム人から金品を奪い無差別に虐殺を繰り返したという。

 韓国軍による組織的な虐殺方法としては、村落を急襲し
    ・住民で抵抗しない大部分が女性や老人、子供たちを一か所に集め
   機関銃
  を乱射。
    ・子供の頭を割ったり首をはね、脚を切ったりして火に放り込む。
    ・女性を強姦してから殺害。あるいは強姦しながら拷問。
 ・妊産婦の腹を、胎児が破れ出るまで軍靴で踏み潰す。
    ・トンネルに追い詰め逃げれないようにして村人を毒ガスで殺す
といった共通した類型があったことがメディアの取材で明らかになっている。

 具体的な事例として、1965年頃、南中部の南ベトナム解放戦線の兵士を出していると目されたフーイェン省のタオ村で、韓国軍の戦闘部隊が組織的に婦人の村人42人を狩り立て、やがて小火器を浴びせ、全員を殺害した。

 旧正月の直前、1966年1月11日から19日の間、韓国軍がジェファーソン作戦の部隊として展開したビンディン省において、韓国軍は300人以上の住民を捕まえ、拷問を加えたり、400人以上のベトナム人を銃殺した。

 1965年12月から1966年1月の間に、韓国軍は、ビンディン省のプレアン村では数百戸の家々を炎上させた。
 キンタイ村では、住民全員を重火器や毒ガスで掃討し殺害した。
 同じ省の九つの村々において韓国軍は、民間人に対して化学兵器を使用し皆殺しにしている。

 フーカット郡では、3万5千人の人たちが、韓国軍の無さ別攻撃で死の谷に追い込まれ、拷問を加えたうえ全員が機銃掃射や爆薬等で皆殺しにした。

 1966年1月1日から同月4日までの間に、ブン・トアフラおよびヨビン・ホアフラ地方では、韓国軍が侵攻し
   住民たちの所有物
を残らず略奪したうえ住民の家やカオダイ教の聖堂を焼いた。
 さらに、食料とならないように数千頭の家畜を殺した。
 また、仏教寺院から数トンもの貨幣を略奪したうえ、証言しないよう住民を皆殺しにした。

 ナムフュン郡で起きた蛮行として、韓国軍は4人の老人と3人の妊婦を、防空壕の中へ押し込め、ナパームとガスで殺した。
 また、アンザン省の三つの村では110人を、またポカン村では32人以上を同様の手法で虐殺した。

 1966年2月26日、韓国軍部隊は、137人の婦人、40人の老人と76人の子供を防空壕の中へ押し込めて、化学薬で殺し、生き残った全員を盲にさせたりした。

 

 1966年3月26日から28日にかけて、ビンディン省で、韓国軍は、数千におよぶ農家と古寺院を炎上させた。
 村の若い女性や年老いた女性を集団強姦した。
 この年8月までに、韓国軍はビンディン省における焦土作戦を完了した。

 韓国軍の将校は韓国軍の攻略で支配下としたベトナムの集落における次の仕事はベトコンから村人たちを分け離すという理由を掲げたうえで組織的にこうした蛮行が繰り広げられた。

 10月には、メコン河流域では、裸で両手ないしは両足を縛られた9人の遺体が川から引揚げられた。
 これらは、いずれも陵辱された少女たちの遺骸であったという。
 この事件の前にも米韓共同作戦中の米軍と韓国軍が、昼日中に結婚の行列を襲った。
 花嫁を含め7人の女性を強姦したうえ結婚式に呼ばれた客の宝石を残らず奪った。
 その後、3人の女性を川の中へ捨てたという報道もある。

 韓国軍による組織的に行われたこうした放火、銃剣による突き殺し、拷問、強姦、強奪といた事件は毎日のように続いていた状況であり、ライダイハンの問題も解決しておらず、韓国のメディアも殆ど報道していないのが現状だろう。

 中国や韓国が垂れ流す「南京大虐殺」どころの話ではない。
 そもそも、南京は蒋介石の本拠であり国民革命軍が漢奸として親日本の中国人を数万人公開処刑し、斬首した頭を鳥籠にいれて晒すなどの蛮行で恐怖感を南京市民に与えていた。

 そのため、南京を脱出した多くの新日的な中国人が日本軍が南京を陥落させると同時に、市内に戻って復讐をしたともいわれている。
 また、国民革命軍の残党や更衣兵が南京市民の財貨を略奪する行為も多く見られ、治安の回復に長期間必要であったという。

 更衣兵はそもそもジュネーブ条約の保護対象でもなく、見つけ次第処刑するのは欧米でも共通のことだ。

   

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