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2021年3月22日 (月)

朝鮮半島南部は日本の固有の領土のひとつという歴史を隠蔽する韓国考古学

 

 4~6世紀に日本が朝鮮半島南部を支配していた
   任那日本府説
を裏付ける物証ともなる朝鮮半島で最大の古代の単一の墓が、新年の始めに反日思考の強い韓国考古学者らの反対を押し切ってついに開かれた。
 
 韓国史を捏造してきた考古学者らは5~6世紀の日本の古墳と似た墓の構造に驚愕、不都合な真実が明らかになるのを回避するためただちに土で覆われ再び埋められた。
 
 反日工作を続けている文政権にとっては真実を隠蔽するため、、1月に国土最南端の海南で発掘した墓に続く覆土の知らせはメディアには一切公開されず、韓国国内の考古学界も口を塞いだ。
 この遺跡は、全羅南道海南(ヘナム)、北日面(プギルミョン)方山里(パンサンニ)の長鼓峰(ジャンゴボン)古墳で6世紀前半のものと推定される。
 
 馬韓文化研究院の発掘調査により、墓の外側の墳墓と石室内部が去年10月から今年2月まで、約1500年ぶりに明らかにされた。
 
 発掘では石室が日本の九州の外海岸と有明海一帯で5~6世紀に造成された
   倭人貴族の石室墓
と、構造はもちろん墓の内部への入口をふさぐ前に行われた祭祀の跡までほとんど同じものであった。
 調査団は、後面の封土を掘り、墓の内部に通じる細い通路(羨道)に入り、内側を観察した。
 調査の結果、床に細長い板石を置き、上側に砕いた石(割石)を整然と積み壁面を作る、古代九州の石室墓特有の構造が明確だった。
 
 また、天井と壁面にも、日本の弥生時代以来の古墳の典型的な特徴である
   赤い朱漆
が塗られた跡が残っていた。
 
 この朱漆の成分を分析すればどこの産地からのもので、他の墳墓の使用比較をすれば史実情報が得られる
 ただ、出土品はほとんどが盗掘されていたものの、墓の被葬者を明らかにする手がかりとなる遺物が相当数収集されたという。
 
 墓の内部への入口で発見されたふた付きの皿(蓋杯)10点が代表的もので一部の蓋杯の中にはイシモチなどの魚の骨や肉類など祭礼での食事と推定される有機物の塊も検出された。
 
 チョ・グヌ研究院長は日本の古墳で確認された祭礼の遺物と類似の内容物と配置が注目される成果であると説明した。
 
 また、墓の内部を直接みた慶北大学考古人類学科のパク・チョンス教授は「九州の倭人の墓に入った時と印象がまったく同じだった」と説明している。
 長鼓峰古墳は墳墓の長さが82メートル(溝を含む)、高さは9メートルに達する大規模なものだ。
 
 皇南大塚(ファンナムデチョン)などの新羅の慶州(ギョンジュ)の大型古墳より大きい韓国国内最大級の墓で外見は日本で古代国家が成立する当時の墓の様式である
   前方後円墳
の形であった。
 
 前方後円墳は、墳墓の前方は四角い形で後方は丸みのある円形の特徴をとり、日本の学者が名付けた名称のものだ。
 
 日本の墳墓の形式である前方後円墳が古代の海上路の要所である全羅南道の海岸一帯に10基存在するという事実は、1980~1990年代に相次いで確認された。
 
  
ひとこと
 
 朝鮮半島南部が6世紀には日本の領土であった史実を隠蔽する韓国政府の悪意ある史実の隠蔽工作のひとつだろう。
 

 領土欲の強い国が何度も亡び異民族に支配された中国であれば、過去最大の領土であった時代を持ち出し、歴史的にも中国領土であったと主張して軍事的圧力を強め周囲を徘徊することだろう。
 
  
   


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